地球上で唯一自然界で見られる粒子加速〜雷雲からMeVガンマ線観測研究〜


Last update, 2023/12/17
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    宇宙空間には宇宙線が飛び交っており、銀河系内ではそのエネルギー密度は星間ガスの熱的エネルギーのそれに匹敵し、星の誕生など多くの現象を支配するパラメータの一つである。これを生み出す「天然の加速器」の研究が精力的になされているが、超新星爆発や太陽フレアなどこれまでに知られている加速機構はすべて磁場を媒介に運動エネルギーを粒子加速に変換している。2000年ごろから、雷放電や雷雲そのものが、20 MeVに達するガンマ線を放射することがわかってきた。Terrestrial Gamma-ray Flash (TGF)と呼ばれるこの現象は、自然界で知られている磁場に依存しない唯一の粒子加速器であり、濃密な大気中で電子が数十MeVという相対論的なエネルギーにまで静電場加速をしている大変特徴的な現象である。加速の仕組みは高エネルギー物理学として重要で、雷雲の電荷解放メカニズムという大気電気や気象学の先端研究でもあり、その観測手段は衛星搭載のガンマ線検出器という宇宙科学を含み、典型的な分野横断型の研究である。TGFの発見以来、逃走電子雪崩加速(e.g. Gurevich+ PT 2005, Dwyer+ JGR 2012)など精緻な理論モデルが議論されてきたが、大気中での電子の雪崩増幅や雷雲の電荷構造の破壊など、非線形な物理が強く働くため、理論だけでは解決できない。実際、雷雲中のどこでどんな条件でどっち向きに電子が加速されているのかは、実はいまだにわかっていない。特に興味深いのは、電子加速そのものが起源となって雷放電が起きる可能性である。これが正しければ、雷研究において放電に伴う「諸現象の一つ」とされてきたガンマ線放射が、実は雷放電の「主役の一人」であることになる。

    我々は高エネルギー天体を狙った衛星搭載の硬X線、ガンマ線の観測装置の開発で世界をリードするグループの一つである。この技術のスピンオフとして冬季の日本海岸の地上に、遠隔測定のガンマ線検出器を展開し、その活発な雷雲活動からのガンマ線観測を2006年から進めており、名古屋大学の我々のチームも2018年から検出器を北陸に展開して観測研究を進めてきた。冬季の日本海岸の雷雲は、日本海でたっぷり湿気を吸った空気が、日本列島にぶつがって雷雲を形成するもので、世界でも有数の雲高の低さ(低温のため)と、放電エネルギーの大きさを特徴とする。

    現在我々は、これに天(=宇宙観測)と、地(=地上観測)から迫る研究を進めており、人工衛星としては2027年夏に赤道軌道に打ち上げ予定のCOSI衛星でのTGFサイエンスを検討しつつ、地上観測では日本のGROWTHプロジェクトにおいて、名大ISEE、理研、阪大、岐阜大、JAEAなどの共同研究者と共に研究を進めている。

    1: 雷雲中での「光核反応」の発見

    2017年2月6日に新潟県において、明るいショートバースト(1秒以内の突発的なガンマ線の放射現象のこと)を4箇所の検出器で同時観測し、かつてない高精度なデータを得た。解析の結果これが、
    ・1ミリ秒以内の突発ガンマ線が極めて強力な放射として地上に届き
    ・これに由来する光核反応で生じた高速中性子の信号が100ミリ秒ほど、そしてベータ+崩壊核子から生まれる陽電子による511 keV輝線が1分以上も継続して放射されている現象
    であることを、世界で初めて発見した (Enoto+ 2017, Nature)

    2017/11/23 Nature 論文公開時の記者発表
    その時の資料
    ...

    これまでショートバーストと呼んでいたものが、TGFとよく似た突発的なガンマ線放射を起源とした2次的な放射線現象をみていたこと、冒頭のガンマ線が極めて明るく既存の検出器では飽和して観測できていなかったことが分かった。TGFもショートバーストも、共通の雷ガンマ線フラッシュという物理現象であり、電子が上向き加速すればTGF、下向きならショートバーストになることが強く示唆されたのである。

    2: 雷ガンマ線の指向性観測へ向けて

    ...

    雷雲からのMeVガンマ線放射には、落雷に伴うshort burst 以外にも、雷雲そのものから数分に渡ってやってくる long burst の存在が知られている。この現象は、本来物理的に不安的な加速電子の雪崩増幅が、動的に変化し続ける積乱雲の中で、数分に渡って安定して存在するケースであり、一見静かであるからこそ、物理的に極めておもしろい。世界でもアルメニアの山の上と航空機による雲中観測以外では、日本でしか観測できていない貴重なイベントである。GROWTHプロジェクトでは、実は長年、このlong burst の研究を進めてきている。

    現在こうした雷雲ガンマ線の研究を精力的に進めており、既存データの解析に加え、柏崎市や石川県への検出器の展開、さらには、東京スカイツリーでの観測もチャレンジしている。以下は2019年度の金沢での観測の様子である。装置を開発し、現地に設置し、冬季日本海岸のあれた天候の中、半年間に渡って遠隔から運用して雷ガンマ線観測を行う。2020-21年冬期シーズンには、ガンマ線の入射方向を簡易的に知りかつ雷雲で加速される電子が直接地上に届いた場合にこれを検知できる観測装置を搭載した新型検出器GOOSE (Gamma-ray Orientation Observation system with Electron-monitor)を2台設置した観測を進め、2021年1月にはついのこの新型検出器でのlong busrt の初観測に成功した。現在解析中で、論文の執筆を進めている。他にもGROWTH チームでは MaGaMo (Main Gamma-ray Monitor)や CoGaMo (Compact Gamma-ray Monitor) といった簡素な検出器を多数設置するプロジェクトを進めており、名大もこれに参加している。GOOSE、MaGaMo、CoGaMo はいずれも衛星搭載用のMeVガンマ線観測装置の技術を応用して開発されたもので、小型軽量低消費電力で、長時間遠隔で安定して動作すると言った特徴を持つ。

    2022年冬季の観測から、我々は雷放電突発ガンマ線TGFの指向性観測に挑戦している。たった10-50 μsの間に1 cm2あたり数万個のMeVガンマ線光子が到来するこの現象では、通常のシンチレータ検出器では容易に信号が飽和してしまい、観測にならない。シンチレータを小さくすると、光電吸収で生じたMeVエネルギーの光電子が検出器から抜け出してしまい、ガンマ線のスペクトルを得られない。我々はコンプトン散乱の反跳電子に注目し、エネルギースペクトルを諦める一方で、指向性を得る観測装置の開発を進めている。すでに試作2種を2022年冬季に展開し、TGFの検出に成功した。その後、ここで確認された課題を解決した本格的なTGF指向性検出器を2台開発し、2023年冬期に金沢市に展開している。

    この実験は、冬季の厳しい環境下で半年間連続でガンマ線を測定し続ける安定性・信頼性と、 TGFのMeVガンマ線の指向性観測という技術的に非常に難しい観測技術を、 TGFという極限環境下で最適化して実現するもので、新しい発想と工夫、実証研究、そして実用的な装置の開発、展開、運用能力が問われる。2023年の展開では、11/18についにTGFをとらえた。現在どこまで指向性が得られるのか、データ解析を進めている。

    TV Kanazawa 2019 Photo Minato Kanazawa 2019 Minato Kanazawa 2 2019
  • ◯ 2019.9.6 「雷放電からの強烈なガンマ線放射を地上で観測」(東京大学、京都大学、日本原子力研究開発機構他との共同プレスリリース)
  • ◯ 2018.5.24 「雷雲に隠れた天然の加速器を雷が破壊する瞬間を捉えた」(東京大学、京都大学、東京学芸大学、近畿大学、金沢大学他との共同プレスリリース)
  • ◯ 2017.11.23 「雷が反物質の雲をつくる -雷の原子核反応を陽電子と中性子で解明-」(京都大学、東京大学、理化学研究所、日本原子力研究開発機構他との共同プレスリリース)